スウェーデンの生活
2009-05-21 21:12:29 (42 days ago)
-
カテゴリタグ:
- スウェーデン語
ここでは日本人の見たスウェーデン人の生活について、ご紹介したいと思います。
私がスウェーデンの生活で、うらやましいと思うことのひとつに、休暇が多いということがあります。大人にも夏休みがあるということを、初めて知ったときは驚きました。労働時間は、一週間に40時間ということが決められているだけでなく、きちんと守られています。スウェーデンで、休息は当たり前の権利なのです。お茶 ( fika ) 休憩は、中でも特に大切で、どんなに忙しそうな職場でも、必ず取っているようです。休み時間は、時間中しっかり休みます。悪いとは言いませんが、官公庁などで、ほんとに急ぎの用などがあるときでも、急いでもらえませんので、困ることがあります。そんなに多い休みの日にスウェーデン人は何をしているのかというと、たとえば、森に出かけて散歩したり、庭の手入れをしたり、気の置けない友人たちとのパーティを楽しんだり、お茶を楽しんだりすることも多いようです。長い休みには、南の方の国に旅行に出かけたり、( 最近ではタイ旅行が特に人気 ) サマーハウスにて家族でのんびり過ごしつつ、太陽の下で日焼けをしたりするのがポピュラーなようです。いずれにしても、太陽のしたというのは大きなポイントです。冬は日照時間が極端に短いスウェーデンでは、老若男女、肌をさらけ出して日焼けを楽しんでいます。旅行雑誌などにスウェーデン人は太陽が好きだと書いてあるかもしれませんが、それは本当のことです。
また、日本にはたくさんの店があり、年中無休で24時間近く開いていますが、スウェーデンの店では、( 全部が全部ではありませんが ) 夏休みや、日曜日に閉まることが多いので、日本と同じつもりで街にいっても拍子抜けします。私は、スウェーデンに初めて来た当時、土日と夏休みにお店を休んでどうやって成り立つのかと思っていましたが、住んでいるとだんだん、土曜日と日曜日は休むものだ、そういうものなのだという気持ちが自然と植えつけられてきて、休みを心地よく感じられるようになりました。
スウェーデンの食生活は、また日本とは違います。食材も違うし、習慣も違います。日本では、朝から調理した立派な朝ごはんが並ぶお宅も多いかもしれませんが、スウェーデンでは、食べるものを冷蔵庫からとりだすか、火を使うといえば、せいぜいオートミールを炊くことがあるくらいです。あっけないような朝ごはんで、filmjölk ( ヨーグルトに似ているもの )と flingor ( コーンフレークなどの種類 )、紅茶かコーヒーと、smörgåsと呼ばれるオープンサンドなど、毎日人それぞれお決まりのものを食べていることが多いと思います。これで栄養のバランスが取れるのかと首を傾げたくなりますが、スウェーデンも長寿の国ですので、心配するような支障はないようです。なお、テーブルマナーには厳しい面があり、音を立てて食べたり、げっぷをしたりするのは、特にマナー違反です。
食べ物の種類はあまり多くなく、平日にはひき肉や、その他の固まり肉が多く用いられ、海がこれほど近いのに、魚はほとんどありません。四角く凍ったたらなどの白身魚、冷凍の鮭を手に入れることができますが、日本のような焼き魚はなかなか食べられません。食事や調理方法は大雑把で、日本ほど繊細に気をつけられていないように思われます。
ところで、スウェーデンの家庭では、共働きがほとんどで、こどもたちは必要な時間、収入に応じた保育料で見てもらえます。( わたしの住むコミューンでは第一子全収入の3パーセント、第二子2パーセント、第三子1パーセントと決まっています。) 日本では、定時で必要なだけ見てもらう都合がつきにくかったり、労働時間が長かったりするので、なかなかこどもが小さいうちは、共働きが難しいこともありますが、スウェーデンでは、ほとんどその心配はありません。また、同棲しているだけのカップルでも、結婚している夫婦と全く同じ権利が認められているので、同じように家族を形成しています。ただ、結婚の意味が、軽んじられているような風習があり、理由は様々でしょうが、割と簡単に、離婚、再婚、再再婚、再離婚、同棲などを繰り返し、そのたびに、こどもたちは大変な思いをしていると想像します。話を聞いていると感覚が麻痺するようですが、年をとっても、お付き合いをする相手を、インターネットで探すということも日常的に行われています。
いろいろな面を見て思いますが、スウェーデンでは人生をより自分らしく、自由に歩んでいるといえるのではないかと思います。
スウェーデンの歴史
2009-05-21 21:11:39 (42 days ago)
-
カテゴリタグ:
- スウェーデン語
スウェーデンが、まだスウェーデンではなかったころ、このあたりで発掘調査などから、今からおよそ14000年前から、人が住んでいたという痕跡が確認されています。古代ローマの歴史家、タキトゥスの書物 「 ゲルマーニア 」( 紀元98年 )の記述によると、スカンジナビア人は、陸軍と水軍を持ち勢力を振るっていたということです。
その後紀元800年ごろからヴァイキングの時代が到来します。他のヨーロッパ諸国から 「 ノルマン人 」 と呼ばれ、船団や艦隊を組織して、バルト海から北海沿岸で、交易や略奪を行っていました。ヴァイキングはこの略奪を行うノルマン人を指し、周辺からその野蛮さを恐れられていました。その当時小国が乱立していましたが、ようやくスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの3王国にまとまっていきました。
スウェーデンの歴史もその頃から始まるといえます。ヴァイキングは自然崇拝や、略奪、血で血を洗う復讐劇を各地で行っていましたが、900年代にはキリスト教が伝来し、あまりの違いに戸惑いながらも、だんだんキリスト教を受け入れるようになっていきました。
1000年以降のスウェーデンの様子がわかる書物に 「 landskapslagar 」 が残っています。県の法律という意味です。最初は口伝で伝えられていたので、覚えやすいように韻を踏んだり、同じアルファベットで始まる言葉を多用したりして、土地ならではの決まりごとをあとでしるしたものです。今とは違った風習や法律が、興味深いものです。
1100年以降フィンランドを併呑したものの、内部の弱体化が進み、1397年からは、デンマークの支配を受けることになります。独立をめぐる内戦が、1435年ごろから始まり、デンマークもそれを幾度となく沈静していましたが、とうとう1518年の反乱でスウェーデン反乱軍は勝利を得ます。しかしデンマークの王、クリスチャン二世の復讐心は固く、スウェーデン反乱軍をだまして、100名以上を処刑してしまいます。( Stockholmska blodbad、ストックホルムの血浴 )その直後、100名以上の有力者を処刑して、もはやスウェーデンに反乱する力はないだろうと安心していたデンマークの思惑をよそに、若き騎士グスタフ・ヴァーサが立ち上がり、独立戦争を指揮します。ハンザ同盟の力添えもあり、その後、1523年にグスタフ一世が即位し、ヴァーサ王朝の幕が開けます。その後も戦争を重ね、勢力を広げていきましたが、1700年以降、王権は弱体化し、自由の時代がやってきます。
フランスでフランス革命が起こり、スウェーデンは戦争に参加しましたが、敗北します。1809年にはフランスの強制で、フィンランドをロシアに譲渡させられ、絶対君主制から立憲君主制に体制を改め、翌年、フランスのナポレオン元帥ベルナドットを皇太子にむかえます。ベルナドット家は、今の王室の祖先となります。スウェーデンでは、ナポレオン戦争後は、戦争に参加せず、平和が訪れ、国王による国家牽引は時代遅れとなり、ますます民主化が進みました。
科学技術や学芸も振興し、1901年に、ダイナマイトの発明で知られる、アルフレッド・ノーベルの遺言により、ノーベル賞の授与が始まりました。(ちなみに、スウェーデン語ではノーベル、と発音せず、ノベルと「ベ」にアクセントを置いて発音します。)劇作家、小説家、画家であるアウグスト・ストリンドベリや、日本では「ニルスの不思議な冒険」で知られる、セルマ・ラーゲルローフも、この頃活躍しました。1905年にはノルウェーを返還し、第一次世界大戦、第二次世界大戦にも参加せず、NATOにも加盟せず、徹底的に武装中立政策を守りました。1900年代に入り、貧富の差が広がり、作物の不作などで貧しい時代をすごすこともありましたが、社会民主労働党によって進められてきた社会福祉政策が、徐々に実を結び、第二次世界大戦以降、世界でも有数の、社会福祉大国となりました。1995年にはEUにも加盟し、経済もますます成長していきました。
2006年には中道右派、穏健党党首フレデリック ・ ラインフェルトが、戦後最年少記録で ( 当時41歳 ) 首相となり、現在に至っています。
以上、非常におおまかにですが、スウェーデンの歴史の一部をご紹介させていただきました。これからも、経済、文化、社会福祉ともに、世界でもトップレベルの成長を続け、豊かな暮らしを実現、進化しているスウェーデンから目が離せません。
その後紀元800年ごろからヴァイキングの時代が到来します。他のヨーロッパ諸国から 「 ノルマン人 」 と呼ばれ、船団や艦隊を組織して、バルト海から北海沿岸で、交易や略奪を行っていました。ヴァイキングはこの略奪を行うノルマン人を指し、周辺からその野蛮さを恐れられていました。その当時小国が乱立していましたが、ようやくスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの3王国にまとまっていきました。
スウェーデンの歴史もその頃から始まるといえます。ヴァイキングは自然崇拝や、略奪、血で血を洗う復讐劇を各地で行っていましたが、900年代にはキリスト教が伝来し、あまりの違いに戸惑いながらも、だんだんキリスト教を受け入れるようになっていきました。
1000年以降のスウェーデンの様子がわかる書物に 「 landskapslagar 」 が残っています。県の法律という意味です。最初は口伝で伝えられていたので、覚えやすいように韻を踏んだり、同じアルファベットで始まる言葉を多用したりして、土地ならではの決まりごとをあとでしるしたものです。今とは違った風習や法律が、興味深いものです。
1100年以降フィンランドを併呑したものの、内部の弱体化が進み、1397年からは、デンマークの支配を受けることになります。独立をめぐる内戦が、1435年ごろから始まり、デンマークもそれを幾度となく沈静していましたが、とうとう1518年の反乱でスウェーデン反乱軍は勝利を得ます。しかしデンマークの王、クリスチャン二世の復讐心は固く、スウェーデン反乱軍をだまして、100名以上を処刑してしまいます。( Stockholmska blodbad、ストックホルムの血浴 )その直後、100名以上の有力者を処刑して、もはやスウェーデンに反乱する力はないだろうと安心していたデンマークの思惑をよそに、若き騎士グスタフ・ヴァーサが立ち上がり、独立戦争を指揮します。ハンザ同盟の力添えもあり、その後、1523年にグスタフ一世が即位し、ヴァーサ王朝の幕が開けます。その後も戦争を重ね、勢力を広げていきましたが、1700年以降、王権は弱体化し、自由の時代がやってきます。
フランスでフランス革命が起こり、スウェーデンは戦争に参加しましたが、敗北します。1809年にはフランスの強制で、フィンランドをロシアに譲渡させられ、絶対君主制から立憲君主制に体制を改め、翌年、フランスのナポレオン元帥ベルナドットを皇太子にむかえます。ベルナドット家は、今の王室の祖先となります。スウェーデンでは、ナポレオン戦争後は、戦争に参加せず、平和が訪れ、国王による国家牽引は時代遅れとなり、ますます民主化が進みました。
科学技術や学芸も振興し、1901年に、ダイナマイトの発明で知られる、アルフレッド・ノーベルの遺言により、ノーベル賞の授与が始まりました。(ちなみに、スウェーデン語ではノーベル、と発音せず、ノベルと「ベ」にアクセントを置いて発音します。)劇作家、小説家、画家であるアウグスト・ストリンドベリや、日本では「ニルスの不思議な冒険」で知られる、セルマ・ラーゲルローフも、この頃活躍しました。1905年にはノルウェーを返還し、第一次世界大戦、第二次世界大戦にも参加せず、NATOにも加盟せず、徹底的に武装中立政策を守りました。1900年代に入り、貧富の差が広がり、作物の不作などで貧しい時代をすごすこともありましたが、社会民主労働党によって進められてきた社会福祉政策が、徐々に実を結び、第二次世界大戦以降、世界でも有数の、社会福祉大国となりました。1995年にはEUにも加盟し、経済もますます成長していきました。
2006年には中道右派、穏健党党首フレデリック ・ ラインフェルトが、戦後最年少記録で ( 当時41歳 ) 首相となり、現在に至っています。
以上、非常におおまかにですが、スウェーデンの歴史の一部をご紹介させていただきました。これからも、経済、文化、社会福祉ともに、世界でもトップレベルの成長を続け、豊かな暮らしを実現、進化しているスウェーデンから目が離せません。
スウェーデンの概要
2009-05-21 21:10:46 (42 days ago)
-
カテゴリタグ:
- スウェーデン語
スウェーデンは、かの昔、ヴァイキングの国として知られていました。
今では、社会福祉先進国、またデザインのすばらしいことなどで知られる国となっています。さて、地図を広げてみると、スウェーデンは、北ヨーロッパ、スカンディナヴィア半島 ( スカンジナビア半島 ) の山脈をはさんで向かって右側 ( 西 ) に位置しています。総面積は、450,000平方キロメートルで、日本よりやや大きめです。そのうち、森林面積は53パーセント、山地は17パーセント、湖沼と河川は9パーセント、およそ80パーセントが、自然に覆われているということがわかります。私が初めて降り立った、ストックホルム郊外にあるアーランダ空港に着陸前、眼下に広がる濃い緑の森と湖を見て、スウェーデンにやってきたという感を強められたものです。スウェーデンをスウェーデン語ではSverige ( スヴェーリエ ) といい、スウェーデンの北東にはフィンランド、南西にキャッテガット海峡を挟んでデンマーク、東から南にはバルト海があります。スウェーデンの人口は、約9,200,000人で、徐々に増えています。以前から移民の受け入れが盛んに行われ、様々な種族、民族が移住してきています。とはいえ、誰でも移民できるかといえばそうではなく、EU ( 1995年に加盟 ) 以外の国からや、戦争など身の危険のある国以外からの移民は、通常結婚、または同棲の理由以外で移民することは大変難しいものです。日本人留学生の場合だと、スウェーデンの移民局には自分で生活できるだけの資金を提示し、受け入れ先がしっかりしていることで、初めて居住許可が下りるわけです。
さて、話を戻します。スウェーデンの主都はストックホルムでそこは「 水の都 」、「 北欧のヴェネツィア 」 とも呼ばれる美しい街です。それぞれの季節に趣がありますが、特に機会があれば、夏訪れてみてください。いたるところにきらめく水面、その中に浮いているかのような地形、美しい歴史的建築物、生き生きとした都市の生活を同時に目の当たりにできることでしょう。世界的に権威のあるノーベル賞の授賞式も、このストックホルムで行われています。
スウェーデン全体に目を向けましょう。スウェーデンの公用語は、スウェーデン語です。スウェーデン語はゲルマン語に属し、特にノルウェー語、デンマーク語とは互いに意思の疎通が可能なほど、よく似ています。英語やドイツ語をよく勉強されている方なら、そんなに苦労なくスウェーデン語を始めることができると思います。なお、スウェーデンでは、小学校三年生から英語を学び始めることや、テレビでも英語の番組がスウェーデン語の字幕付きでそのままかかることも多く、多くの人が英語を話すことができます。
スウェーデンは、立憲君主制で、元首である国王は、国家の象徴であり、儀礼的職務のみを行っています。現在の国王はカール16世グスタフ、王妃はドイツ人の一般市民であったシルヴィア、こどもたちは、長女で王位継承者のヴィクトリア、第二子で長男のカールフィリップ、第三子で次女のマデレーンがいます。国民から親しみを持たれ、街の雑誌には、その娘たちや息子の恋愛事情が、絶えず詳しく取りざたされています。私はそれをみるたび、日本との違いを感じます。詳しく王室についてご存知になりたい方は、英語またはスウェーデン語で見ることのできる「スウェーデン王室公式サイト」(http://www.royalcourt.se/index.html)もあります。
フランス語翻訳のコツ——インターネットの利用法
2009-04-06 14:14:09 (87 days ago)
フランス語翻訳の一つの重要なコツとしては、インターネットをいかにうまく使いこなすかという問題があります。
フランス語の翻訳というと、「要はフランス語ができれば、いいんだろう? 辞書があればいいんだろう?」という風に考えがちです。フランス語ができればたしかによいのですが、そればかりで十分とも言えないのです。たとえば、古典的な文学系のテキストなどですと、通常の辞書を引きまくれば、ほぼ全ての問題点は解消するでしょう。しかし、現代の技術翻訳とか、社会・経済的な現象を訳そうとすると、おそらく辞書だけではかなりの数の問題点が解決不能のままで残されてしまうことでしょう。
たとえば、新聞などでみてみますと、どんどん新しい言葉、新しい略語表現がでてきます。フランス語ではいくつかの普通名詞でできた組織名を頭文字の組み合わせで表現することが多いのですが(たとえば、SNCF)、そういう略号表示がどのような組織・システムを表すかについては専門用語辞典でも載っていないことがあるのです。
こういう例では英語でなじんでいる略号を順番を変えているだけの場合もありますので、類推で見つけることもできます。たとえば、OCDEは英語のOECDと同じ組織であることは割合と簡単に見つけられます(organisation de coopération et de développement économiques)。
こうしたことを調べるには、ご存じの通り、まずもって日本のGoogleを利用することになります。日本のGoogleに「OCDE」と入れてみるのです。あるいは日本のウィキペディアでもよいのです。わが国のGoogle、ウィキペディアでは、フランスに関する情報も一定程度掲載していますから、そうした情報を日本語でそのまま読むことは非常に手っ取り早く情報を入手するのに適当なのです。
それでは、本来のフランス語での情報に関してはどうでしょうか?たとえば、Googleでフランス語を入力した場合には、必要なフランス語の情報すべてにヒットするのでしょうか?
どうもそうでもないようです。
Googleは検索者が何語のパソコンからアクセスしているか調べているようでして、日本語のパソコンからアクセスすると、日本語とフランス語がない交ぜになったサイトばかりが上位に並んでしまいます。これだと情報が偏ってしまい、あまりこれといった情報を得ることができません。
そういう場合にはフランスのヤフーにあたります。
http://fr.yahoo.com/
あるいは、フランスのウィキペディアにあたります。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Accueil http://fr.wikipedia.org/wiki/Accueil
ヤフーとウィキペディアをあたれば、さまざまな固有名詞、また略語表現、最近でてきた普通名詞なども見つけることができますし、その意味についても理解できることが多いのです。
またヤフーにはちょっとしたフランス語の辞典の役割を担ってもらうこともできるのです。ある熟語表現、最近使われるようになった言い回しなどで、辞書に載っていないので難渋することがありますが、そういう場合にはヤフーのrecherche avancée を使用するのです。これはフランスのヤフーの探している語を入れる空欄の右上の端に「plus」という項がありまして、ここをあけると「recherche avancée」がみつかります。これをあけると「la phrase exacte 」というのが見つかりますから、ここに探している熟語、ないし言い回しを入れるのです。
そうするとそうした熟語、言い回しの具体例がたくさんヒットしますから、そうした言い回しがどのように使われているか、いろいろ当たることによって、その意味を推測することができるのです。
フランス語の翻訳というと、「要はフランス語ができれば、いいんだろう? 辞書があればいいんだろう?」という風に考えがちです。フランス語ができればたしかによいのですが、そればかりで十分とも言えないのです。たとえば、古典的な文学系のテキストなどですと、通常の辞書を引きまくれば、ほぼ全ての問題点は解消するでしょう。しかし、現代の技術翻訳とか、社会・経済的な現象を訳そうとすると、おそらく辞書だけではかなりの数の問題点が解決不能のままで残されてしまうことでしょう。
たとえば、新聞などでみてみますと、どんどん新しい言葉、新しい略語表現がでてきます。フランス語ではいくつかの普通名詞でできた組織名を頭文字の組み合わせで表現することが多いのですが(たとえば、SNCF)、そういう略号表示がどのような組織・システムを表すかについては専門用語辞典でも載っていないことがあるのです。
こういう例では英語でなじんでいる略号を順番を変えているだけの場合もありますので、類推で見つけることもできます。たとえば、OCDEは英語のOECDと同じ組織であることは割合と簡単に見つけられます(organisation de coopération et de développement économiques)。
こうしたことを調べるには、ご存じの通り、まずもって日本のGoogleを利用することになります。日本のGoogleに「OCDE」と入れてみるのです。あるいは日本のウィキペディアでもよいのです。わが国のGoogle、ウィキペディアでは、フランスに関する情報も一定程度掲載していますから、そうした情報を日本語でそのまま読むことは非常に手っ取り早く情報を入手するのに適当なのです。
それでは、本来のフランス語での情報に関してはどうでしょうか?たとえば、Googleでフランス語を入力した場合には、必要なフランス語の情報すべてにヒットするのでしょうか?
どうもそうでもないようです。
Googleは検索者が何語のパソコンからアクセスしているか調べているようでして、日本語のパソコンからアクセスすると、日本語とフランス語がない交ぜになったサイトばかりが上位に並んでしまいます。これだと情報が偏ってしまい、あまりこれといった情報を得ることができません。
そういう場合にはフランスのヤフーにあたります。
http://fr.yahoo.com/
あるいは、フランスのウィキペディアにあたります。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Accueil http://fr.wikipedia.org/wiki/Accueil
ヤフーとウィキペディアをあたれば、さまざまな固有名詞、また略語表現、最近でてきた普通名詞なども見つけることができますし、その意味についても理解できることが多いのです。
またヤフーにはちょっとしたフランス語の辞典の役割を担ってもらうこともできるのです。ある熟語表現、最近使われるようになった言い回しなどで、辞書に載っていないので難渋することがありますが、そういう場合にはヤフーのrecherche avancée を使用するのです。これはフランスのヤフーの探している語を入れる空欄の右上の端に「plus」という項がありまして、ここをあけると「recherche avancée」がみつかります。これをあけると「la phrase exacte 」というのが見つかりますから、ここに探している熟語、ないし言い回しを入れるのです。
そうするとそうした熟語、言い回しの具体例がたくさんヒットしますから、そうした言い回しがどのように使われているか、いろいろ当たることによって、その意味を推測することができるのです。
子育ては楽しい?――フランスの出産事情
2009-04-03 05:44:38 (91 days ago)
-
カテゴリタグ:
- フランス
フランス語の翻訳にあたって、フランスの社会の変化を頭に入れておくことは必須です。とくにわが国の常識が通用しない事柄に関しては注意が必要です。
わが国では不景気のために人を解雇する話ばかりですが、長期的には若年労働力が不足することは目に見えているのです。それは、わが国の合計特殊出生率が1,27と先進国中でももっとも低い部類に属すからです。
これに対してフランスも両大戦間にあるいは戦後しばらく出生率の低下に悩みましたが、現在は1,89とかなりよい数字を出しており、この数字はヨーロッパの中でも、ドイツの1,36,イタリアの1,38と並べるとかなりよい数値であることはおわかりいただけると思います。ちなみに人口が増えも減りもしないためには出生率が2,09程度であることが必要であるとされています。
フランスは過去に出生率の低下に悩んだだけあって、国の予算にかんしても出産、子育てに関する環境の整備をし、予算もかなり使っています。しかしそれだけでもないのです。
ちなみにフランスと日本の出生事情を比べてみますと二つくらい顕著な相違に目がいきます。ひとつはフランスでは生まれる子供のちょうど半分は婚外子であることです。つまり正式な結婚から生まれていないのです。では生まれてくる子供は父なし子かというと、そういうケースもありますが、かなりの確率で同棲しているカップルの子どもなのです。そうです、フランスでは正式な結婚はしていないけれど、同棲して、しかもパックス法によってある程度公的な認知をうけているカップルが多いのです。ですから、これは出生の違いと言うよりは、カップルのあり方の違いと言った方がよいかもしれません。
つまりこれまでの「結婚」のあり方が現代にはそぐわない、とフランス人は考えていることになります。これと似たようなことは、別の形で日本でも現れていて、日本の出生率があがらない大きな原因は、婚姻率が下がっているからなのです。ご承知の通り、日本人は「できちゃった婚」といって、不測の妊娠でもしないと、結婚もしないし、子育ても引き受けなくなっているのです。日本人も従来の形の結婚を忌避することをはじめているわけです。ですから、日本でも婚姻のあり方をこれから変えていかないと、いくら予算を投じても出生率が上がらないかもしれません。
もう一つの違いは、フランス人になぜ子どもを産んで育てるのかと尋ねますと(現在のフランスでは子どもを産むのには理屈が必要なのです)、かならずその理由の筆頭には「子育てが楽しいから」という理由が挙がるのです。
フランス人は「子育てが楽しいから」子どもを育てるという話をするとたいていの日本人は驚きます。日本人は平均的なところでは、子育ては、それはもちろん感動的な喜びもあるだろうけど、概して苦労が多いと思っているのではないでしょうか。
たしかに、具体的な子育てを社会的、経済的な観点から見てみますと、子育てに対する国の支援はフランスの方が手厚いし、働きながら子育てをするお母さんに対する支援もあります。また受験競争も日本ほどは激しくはないのです。しかしそうはいっても校内暴力もフランスにはありますし、いじめもあります。ですから、トータルにいって「楽しいことばかり」ではないと思います。
それでも「子育てが楽しい」とフランス人が考えるのは、たぶんイデオロギー的なものがあるのではないでしょうか。ただこの場合「イデオロギー」というのは、「誤った考え」というのではなく、社会の中に空気のように存在する思考法としてそれがあるのではないでしょうか。それはちょうど、フランス人の家族観に対応する考えなのではないでしょうか。
わが国では不景気のために人を解雇する話ばかりですが、長期的には若年労働力が不足することは目に見えているのです。それは、わが国の合計特殊出生率が1,27と先進国中でももっとも低い部類に属すからです。
これに対してフランスも両大戦間にあるいは戦後しばらく出生率の低下に悩みましたが、現在は1,89とかなりよい数字を出しており、この数字はヨーロッパの中でも、ドイツの1,36,イタリアの1,38と並べるとかなりよい数値であることはおわかりいただけると思います。ちなみに人口が増えも減りもしないためには出生率が2,09程度であることが必要であるとされています。
フランスは過去に出生率の低下に悩んだだけあって、国の予算にかんしても出産、子育てに関する環境の整備をし、予算もかなり使っています。しかしそれだけでもないのです。
ちなみにフランスと日本の出生事情を比べてみますと二つくらい顕著な相違に目がいきます。ひとつはフランスでは生まれる子供のちょうど半分は婚外子であることです。つまり正式な結婚から生まれていないのです。では生まれてくる子供は父なし子かというと、そういうケースもありますが、かなりの確率で同棲しているカップルの子どもなのです。そうです、フランスでは正式な結婚はしていないけれど、同棲して、しかもパックス法によってある程度公的な認知をうけているカップルが多いのです。ですから、これは出生の違いと言うよりは、カップルのあり方の違いと言った方がよいかもしれません。
つまりこれまでの「結婚」のあり方が現代にはそぐわない、とフランス人は考えていることになります。これと似たようなことは、別の形で日本でも現れていて、日本の出生率があがらない大きな原因は、婚姻率が下がっているからなのです。ご承知の通り、日本人は「できちゃった婚」といって、不測の妊娠でもしないと、結婚もしないし、子育ても引き受けなくなっているのです。日本人も従来の形の結婚を忌避することをはじめているわけです。ですから、日本でも婚姻のあり方をこれから変えていかないと、いくら予算を投じても出生率が上がらないかもしれません。
もう一つの違いは、フランス人になぜ子どもを産んで育てるのかと尋ねますと(現在のフランスでは子どもを産むのには理屈が必要なのです)、かならずその理由の筆頭には「子育てが楽しいから」という理由が挙がるのです。
フランス人は「子育てが楽しいから」子どもを育てるという話をするとたいていの日本人は驚きます。日本人は平均的なところでは、子育ては、それはもちろん感動的な喜びもあるだろうけど、概して苦労が多いと思っているのではないでしょうか。
たしかに、具体的な子育てを社会的、経済的な観点から見てみますと、子育てに対する国の支援はフランスの方が手厚いし、働きながら子育てをするお母さんに対する支援もあります。また受験競争も日本ほどは激しくはないのです。しかしそうはいっても校内暴力もフランスにはありますし、いじめもあります。ですから、トータルにいって「楽しいことばかり」ではないと思います。
それでも「子育てが楽しい」とフランス人が考えるのは、たぶんイデオロギー的なものがあるのではないでしょうか。ただこの場合「イデオロギー」というのは、「誤った考え」というのではなく、社会の中に空気のように存在する思考法としてそれがあるのではないでしょうか。それはちょうど、フランス人の家族観に対応する考えなのではないでしょうか。
- 英作文講座トップに戻る
- 英作文講座一覧
- サイトマップ
- よくある質問
- 講座受講料一覧
- 受講者の声
- 講座お申し込み
- Aaron Writes最新
- 日米文化学習
- 英語学習ブログ
- フランス語翻訳 校正
- ドイツ語翻訳 校正
- イタリア語翻訳 校正
- スペイン語翻訳 校正
- ポルトガル語翻訳 校正
- スウェーデン語翻訳 校正
- Calendar
<< July 2009 >> Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
- search this site.
- tags
- archives
Link
英作文講座
英語翻訳、英文校正
英語学習教材販売
英語学習